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幻想を捨てよ、言葉はしょせん道具 [日本人論]

昨日、外来をしていたらフィリピン人の患者さんが診察に来られた。

最初流暢に日本語で話していたのだが、基本的な医学単語の意味が分からないと言うので途中から英語単語を混ぜて話していた。すると今度は 「全部英語のほうがラクです」 と言われる。結局英語でしゃべることになった。

この患者さんはトリリンガルだ。タガログ語、英語、日本語がほとんど不自由なくしゃべれる。

日本に限らず、非英語圏の国には「英語幻想」がある。英語がしゃべれることが何かスゴイことのように思われる。実際、この診察風景を見ていた看護婦さんたちは畏敬のまなざしで患者さんと僕を見ている。

しかし僕はそんなことは全然スゴイとは思わない。「そんな余裕かませるのは自分が英語しゃべれるからでしょう」などと皮肉を込めて言う輩がいるが、それは違う。大事なのは「中身」である。中身があってはじめて言語力が生きる。そこのところを間違えてもらうと困る。さらに言うと、その中身を生かすも殺すも「社会の力」であることも忘れてはならない。

この患者さんはフィリピンで大学教育を受けたいわゆるインテリである。旧アメリカ領であったフィリピンでは知識階層の英語力が極めて高い。

しかしこの患者さんはいわゆる「じゃぱゆきさん」である。別に水商売がいけないというのではない。ただ、この人の語学力や教養を生かせる仕事ではないだろうし、本人が心から望んでやっている仕事でもないように見えた。フィリピンでは大学を出て3ヶ国語を操れても職がない人はいくらでもいる。社会環境によって資質を生かせない個人がたくさんいる。

社会に力があって初めて個人が自分の持つ「中身」を発揮できる(中身があればの話だが)。そしてそのときに初めて外国語能力が生きる。

今日、図書館で「アエラ」を読んでいたら、子供の第一言語を英語にするべく家庭で日本語の使用を禁止し、インターナショナルスクールに子供を通わせている日本在住の日本人夫婦の話がでていた。

おそらくこの子供は将来重大なアイデンティティーの危機を迎えるだろう。そしてこの膨大なエネルギーと金の投資に見合うだけのものを子供と親が得られるとは到底思えない。英語幻想にとりつかれた親とその犠牲になる子供。「子供用の英語スラングを流暢に使う**君」という写真がやけに痛々しくみえた。

 


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KDN

激しく同意(「心より賛成」の意)。
何語で思考するかは強烈なアイデンティティですが
逆に何語にせよ思考するのは一緒。
実は幼少の頃から英会話教育を受けてきたのですが(役に立ってませんが)
その100倍は日本の小説を読んで育ったことに今でも感謝しています。
日米夫婦の方が3人のお子さんを日・米・バイリンガルの3通りに育てる壮大な実験をされて、バイリンガルの子が一番思考回路に混乱を来たして結局自分でどちらかを選択した話は有名ですよね。

もっと単純に言えば、日本語でおしゃべりなヒトは、英語でも慣れてくるとおしゃべりになりますよね。
日本語でしゃべることのないヒトは、英語でも話す内容がない。

日本語は世界でもバスク語と並んで最も難しい言語の一つなのですから
それを自然に習得できる喜びは何にも代え難いと思うのですがね。
深みのある美しい言葉、日本語の機微を知らないまま薄っぺらい人間になりそうな子供と、それをあおる英語幻想の連中…哀れですね。
by KDN (2005-10-28 19:07) 

チョムプー

同じく激しく同意~。
そんなことより、絵本をいっしょに楽しんで読んであげたりしてくださーい。
きれいな日本語の。
それにしても、日本語ってバスク語とおんなじくらいむずかしかったんですね?!ひえーーー。ロシア語もむずかしいと聞いていますが、バレエダンサーの方はロシアに勉強に行かれるので、流暢にロシア語があやつれるようになるとか。何か目的があって外国語がしゃべれるようになるっていいですね・・・
by チョムプー (2005-10-28 19:15) 

くまくまちゃん

くまは英語ぜんぜんだめです。情けないですが。たまにウクライナ人とかインド人とかきちゃうと困っちゃいます。この間はロシア語おんりー・・・。勉強しない自分が情けないです。でも以前、本屋さんでこどもに英語を強制している親がいてびっくりしました。「ブック、これはぶっくよ!じゃあこれは?」なーんて言ってるんですよ・・・。
by くまくまちゃん (2005-10-28 21:04) 

(パウ

hajimemashite^^

i know ur blog from my husband :) i read about thai in ur blog, really u know thai well :) new movie "Tom Yam Kung" i wanna watch too!
r u doctor? really responsibility job! ganbatte kudasai^^
by (パウ (2005-10-28 21:35) 

しょちょう

KDNさん
何語であれ、思考するという行為に変わりがない。まさにおっしゃるとおりです。そして、同じ思考をするのであれば自分の所属する社会で使われている言語で思考したほうが遥かに多くのことを得られる。それは常に周りの多くの人から思考内容を交換できるからです。前述のアエラに出ていたご家庭ではそういった事実まで考慮に入れずに英語に飛びついているのかもしれません。不幸な結果にならないことを祈るばかりです。

チョムプーさん
はい、絵本を読んでやりたいと思います。もうすぐ嫁と子供が実家から戻ってくるので、そうしたら本屋に絵本を買いに行ってきます。2歳半なのですが、お勧めはありますか?

くまくまさん
全く問題ありませんよ。日本で生きていくうえで英語は必要ありません。外国人がいても、堂々と日本語で話しかけてやってください。だって日本にいるのですから。
英語に費やすエネルギーの100倍のエネルギーを中身を充実させることに使うべきだと考えます。その上で国際的な場所で活躍することを希望する人は英語をきちんと学べばよいと思います。

(パウさん
How do you do? I have been to Thai quite a few times. In total, I have spent half a year in Thai, I guess, cos my wife is Thai. It is absolutely a wonderful country.
Are you in Thai now? Please comment any time you like. Cheers.
by しょちょう (2005-10-29 00:11) 

どらとら

確かに言葉は道具ですね。おっしゃる通りです。
言語を操るのも、上手下手がありますから、確かに能力の一つと言えなくもないですが、本人に中身があってこそ、その上手さが引き立つのは間違いないですね。
ですが、(失礼かもしれませんが)どちらも持ち得ない人(人間の中身と母国語以外の語学力(この場合英語))ですと、外から見て(聞いて)すぐわかる「英語力」に、目が向き易いのかもしれません。これは、もちろん現在の英会話学校宣伝での煽動などの影響、そして、見てすぐにわかる他人との違いを「個性」だと刷り込む社会性の結果とも言えます。
どちらかの能力が有る程度のレベルに達すると、しょちょうさんのおっしゃるような思考に至る事ができると思います。
私自身、英語が全くできなかった時分は、「日本語で話せない事は、英語で話せる訳が無い」という簡単な事にすら全く気づきませんでしたからね…残念ながら。
by どらとら (2005-10-29 01:03) 

むすめ

この話を読んでふと高校時代の自分を思い返しました。
当時、海外に留学したい!と海外生活に取り付かれていた私は
看護の道に行きたいと思いつつも高校時代に交換留学に応募しようか
悩んでいました。そして、今でも恩師として尊敬している英語の先生から
「日本で将来働きたいのなら、まずは日本の看護短大なり大学に行くべき」
ときっぱり話してくださったのです。そして、英語を身に付けて、何を英語で
語るのかが大事であることを話してくれました。

その結果、私は日本の看護大学に行くことになったのですが。。。

今は本当にそれでよかったと思っています。
自分は日本が好きですしね~いろんな面で。

やはり日本に生まれ育ったということは、日本の良さを知り、身に付ける
ことが大事なのだと感じました。しょちょうさんの考えにおおいに賛成でーっす!
by むすめ (2005-10-29 01:16) 

くまくまちゃん

ありがとうございます。今勤めているところがinternationalがつくもんで恥ずかしい限りです。くまもむすめさんとちょこっと似ていて高校時代は留学に憧れておりました。英語を使う職業に就きたいとまで。成績はぺーぺーなのにです。結局看護の道を歩んで現在に至るしだいです。
by くまくまちゃん (2005-10-29 06:27) 

gutta

同感です。目的意識があれば道具としての英語はついてくるモンです(実感)。
by gutta (2005-10-29 07:45) 

チョムプー

おお、お嬢さん、2歳半といっても、お子さんによって「生まれながらの本好き」もいれば、言語獲得段階のちがい、むしろ外遊びが好きなどの性質などさまざまなので、この年齢ならこれ、といちがいにはいえないんです。でも、最初に読むのなら、林明子さんか薮内正幸さんがかかわっている0、1、2才用の絵本(かんでもいいように破れない厚紙でできています)ならまちがいないと思います。薮内さんは動物絵本です。字はないか、少ないけど、絵がすばらしいのです。この年代にはデフォルメした絵より、本物そっくりな絵、こった話よりすなおな話がいいと思います。そして、私の経験やいろいろなレクチャーから共通するのは
1.読んであげる人がこれはいい!おもしろい!好き!と思う本を読む
2.一度にたくさん与えるのではなく、同じものをくりかえす。むしろ本がたりないくらいのほうが次がほしくなる。
3.幼児を図書館の児童室に連れていって「好きな本を選びなさい」というのはダメ。最初は読んであげる大人が選んだ少数の本から始めないと逆に本嫌いになるそうです。
4.五味太郎、長新太などのナンセンスものはある程度本に読み慣れないとそのおもしろさは味わえない。幼稚園年長さんくらいからのほうがよく理解できる。
などです。またいい本は「読みつがれた本」なので、絵本にかぎっては「古典」少なくとも親の代からあった本がいいのです。これに関してはリストはいろいろと出版されています。
これは私の専門なのでうっかりお尋ねになると長いですよお~~~。
by チョムプー (2005-10-29 22:34) 

しょちょう

どらとらさん
そうですね。確かに英語力というのは外から見て分かりやすい能力ですから、それがとてつもなくすごい能力のように感じてしまう人がたくさんいるのも理解できます。しかし今どき英語だけで世の中有利に渡っていけるわけじゃないんですよね。そのことに親が早く気づいてバランスのよい教育を子供に受けさせるべきでしょうね。

むすめさん
その選択は決して間違ってなかったと思いますよ。看護学が身についていて初めて国際感覚や英語力が生きてくるのだと思います。国際感覚と英語力だけでは何もできません。日本人がアメリカに行ってアメリカ人なら誰でもできるような仕事をしても何の意味もないと思います。日本で培った技能をもとに、日本人らしさを出しつつ、世界で勝負をする人こそ真の国際人ですね。

くまくまさん
おお、そこはもしかして元院長先生がとてつもなく有名な方じゃないですか?うちの職場にそこの外科出身の友人がいるので、実はくまくまさんと知り合いだったりして。それはともかく、上のむすめさんに対するコメントのように、僕はその選択は正しいと思いますよ。看護の経験を生かして海外で仕事したいと考えるのであれば、決意してからじっくり英語の準備をし、現地に行ってさらに磨きをかければよいと思いますよ。それで決して遅くはありません。

ぐったさん
さっきお話したとおりですね。まったくおっしゃるとおりです。

チョムプーさん
微に入り細にわたった御説明、さすが専門家です。息子は今タイ語しか話さないので、0歳用の絵本がいいかもしれませんね。早速、林明子さんか薮内正幸さんの本を買いに行ってきます。アドバイス本当にありがとうございました。
by しょちょう (2005-10-30 02:01) 

賛成

賛成です。同感です。
本質のひとつをずばり言い当てていると思います。
by 賛成 (2005-10-30 13:32) 

scot

ポリ・グロット(polyglot 何ヶ国語もしゃべる人)のインテリに
水商売の職しか用意できない、日本社会に不安を抱きます。

アエラは、その手の記事が好きですね。
僕もその記事に、直感的な違和感と嫌悪感を感じました。
が、シンガポールやオランダなどの小国ほど、外国語教育に熱心です。
これは、自国語をしゃべってくれる他国の人を期待できない、または、
自国語がもともと無いからです。
by scot (2005-10-30 18:20) 

しょちょう

賛成さん
どうもありがとうございます!

scotさん
「アエラ」は嫌いではないのですが、あの記事については「日本語なんて時代遅れの言語。これからは英語がネイティブじゃないと生き残れませんよ!」という言外のメッセージを感じ取りました。時代を先取りした事象を記事にしたつもりでしょうが、明らかに間違ってますし、書いた人のバランス感覚の悪さを露呈させただけでしたね。愚かな雑誌です。
by しょちょう (2005-10-30 22:47) 

非常に同感です。
また、そういった偏った記事がアエラのような雑誌に載っていることを残念に思います。
母国語が話せないと言うことはどれほどの影響を残すのでしょうね。
私も勉強をしている割にはまだまだ話せませんが、伝えたい内容ができてから急に話せる量が増えました。
言葉は伝えるものがあっての道具ですね。
by (2005-10-31 00:15) 

ちくりん

真の「国際人」とは、自らのアイデンティティと異文化とを客観的に比較することのできる感覚を持ち合わせた人だと思います。自らの思考のベースとなる文化を持たずに、どうやって外国文化が理解できるのか、甚だ疑問です。
by ちくりん (2005-10-31 03:44) 

YUKI amysnow.exblog.jp

しょちょうさんお久しぶりです。
ちょっと今回の話題とは関係ないのですが失礼します。。

実はですね、今学期の人類学のリサーチペーパーでanti-relativismを取り上げてみようと思ったんですね(テーマはもうなんでもいいのですが)。まだ下調べで全然概要もつかめてない感じなのですが、Geertsや同時代の人類学者たちのanti..の方法(それまでの文化の定義の否定とかにからめて)とは違う、それこそ「非西洋人」が「西洋人の考えとしてのrelativism」を批判したようなものって、あるんでしょうか? 私自身あまり期待はしていませんが・・まだ二年生で、theoryの勉強は始めたばかりなので、学者達とそれぞれのtheoryを覚えきってもない状態なのですが・・・でも、今書いてみたいテーマがそれなので、できる限りリサーチしてみようかと思ってはいます。なにかアドバイスいただけると光栄です。お願いします。

それから、この記事については・・確かに日本では英語がしゃべれること自体が「すご~い」ってなってて、でもホントに大切なのはその中身ですよね。もちろん留学生活ではここでは英語がしゃべれることなんて当たり前でその次、の問題ですから・・でも去年は政治や歴史や戦争の話、英語ではいえないことも多々ありましたが今はほんのちょっとだけですが進歩を感じます。そうゆう話、個人的にはすごく興味があるけどボキャブラリーが少ないからいっつも悔しい思いをするんですよね。もっと本とか読んで知識増やしたいな~って、博識な人に出会うといつも思います。
最近こちらにリンクを張らせていただきました!これからもお世話になります。よろしくお願いします *^^* 

YUKI 
by YUKI amysnow.exblog.jp (2005-10-31 10:15) 

しょちょう

あにすさん
母国語が話せない日本人はきっと不幸でしょうね。やむを得ない事情でそうなったのであればいいのですが、親の偏った方針で人為的にそうなってしまった人は本当にかわいそうです。

ちくりん
自分自身の座標軸を持たずしてどうやって異文化を測ることができるのかということですね。おっしゃるとおりだね。

YUKIさん
お久しぶりです!いよいよMPhil2年目に突入ですね。こちらはすっかり人類学から離れた生活をしてます。
anti-relativismですかー。それはとても面白いテーマですね。ぜひrelativismという名の学問的幻想を破壊してください。笑
御存知とは思いますがエドワード・サイードの「オリエンタリズム」なんかはまさに「非西洋人」が「西洋人の考えとしてのrelativism」を批判したようなものですね。おそらくオリエンタリズムに関する過去の議論を調べていくうちに芋づる式にいろんな文献に行き着くのではないでしょうか?
残念ながら西洋人の主張する相対主義を批判した日本人の著作というのは知らないです。むしろ僕のほうがYUKIさんに教えてもらいたいぐらいです。いいのがあったら是非教えてくださいね。それからPhil論文完成したらぜひ見せてください。僕ももっと「相対主義・反相対主義」について理解を深めたいです。
そちらのホームページのアドレスが途中で切れてしまっているので、よろしかったらコメント欄にもう一度打ち込んでいただけますか?見に行きますね。
by しょちょう (2005-10-31 11:07) 

YUKI

しょちょうさんコメントお返事ありがとうございます!お忙しいのにすいません。ほんっとにありがたく読ませていただきました!!でもやっぱりオリエンタリズムもかなりの批判の対象になっていたような気がするのですが・・いろいろな文献をどうやって有効活用するか考えなければですね・・とりあえずオリエンタリズムのことちゃんと調べてみます!
下調べをするときに日本語の一般サイトも使ったのですが専門用語の日本語版がわからなくてかなり困りました・・汗 日本語の方が、漢字がいっぱい並んでるだけでつかみにくい。。(○○的○○○○論、とか・・・)

それから、しょちょうさん、私MPhilではありません。。ただの大学2年生です。。BAです。。すいません誤解させてしまいまして・・去年一年間でIntroのクラスを取って、今年から2年生コースに入ったばかりのバリバリ新米です。もちろんmasterやってみたくはありますがまだまだ先の事なので・・。。
というかこの文章力や考え方でMphilはないです!笑 お恥ずかしいです。。それに今回のペーパーも普通のterm paperなんですよ(ちなみに25%です笑)。しょちょうさんの記事や友達との討論に触発されてこのトピックを選びましたが・・どんなものになるかはまだわかりません・・もっと文献を探さないと・・

それではココにブログのアドレス書いておきますね。
amysnow.exblog.jp
ほんとにコメントありがとうございました!!! 
by YUKI (2005-11-01 07:52) 

ぶーけ

こんにちは。おいでくださってありがとうございました。ほんとに関連した内容だったのでうれしかったです。
バイリンガルもトリリンガルもうらやましいのですが、やっぱり母国語あってこそ、ですよね。
アエラのお子さん、お気の毒です。
by ぶーけ (2005-11-01 11:15) 

しょちょう

YUKIさん
大変失礼いたしました。カナダのYUKIさんでしたね。実はイギリスの人類学関係の知り合いにも同じ名前の方がおられて、しかもつい最近メールでやりとりしたばかりだったものですから勘違いしてしまいました。ごめんなさい。
日本語の社会科学の文献は言葉使いが難解ですよね。英語でも充分難解なわけですが、それを無理やり日本語に訳している場合が多いので、訳分からない日本語になっていたりします。やはりこの分野は英語の原著を読むのが一番だと思いますよ。サイード批判というのはたくさんあります。ですからanti-anti-relativismの議論もペーパーに含めるといいかもしれませんね。がんばってください。応援してますよ。

ぷーけさん
こんにちは。そうですね。核になる言語・文化なしに異文化理解はできないですよね。ぱっと見の華やかさでバイリンガルやトリリンガルに飛びつくのは危険だと思います。
by しょちょう (2005-11-01 12:30) 

こうさ

「アイデンティティーの危機」は日本で生まれて日本語で育った
日本人のこうさでも悩み苦しんだ時期がありましたし、
そういう時期がない人はとても恵まれていたか、
もしくは井の中のカエルさんなのか、
それを中年期?熟年期?老年期?に迎えるのかはわかりません。
あんな苦しい思いをするのは嫌なので
ぜひ人生で1回であって欲しいと思います。

日本では違いは悪いことに捉えられがちですが、
島国的価値観は時に盲目的でもあると思うので、
「そんな親が居ても良いんじゃないの?
 教育って常に実験的だし…。後は本人の能力次第だよ。」
と考えるこうさでした。

大人になるほど家族はどんどん他人になることも多々ある世の中で、
お互いに生きる力を身につけることは大切ですよね。
by こうさ (2005-11-01 16:37) 

しょちょう

こうささん
それは辛い経験をされましたね。くだんの雑誌の子もそういう危機を乗り越えて、親の幻想から自分を断ち切れたとき、はじめて真の自分になれるでしょうね。それがうまくいくことを願ってやみません。
by しょちょう (2005-11-01 17:56) 

くまくまちゃん

ご名答です!知り合いですかね・・・。くまは現在4年目なのでそれ以上前にやめられていましたら知らないですが・・・。
by くまくまちゃん (2005-11-02 00:42) 

しょちょう

くまくまちゃんさん
おお、それは微妙に入れ違いかもしれません。全室個室で看護レベルもすごい病院と聞いています。とてもいい環境ですね。
by しょちょう (2005-11-02 02:08) 

ジーマ

僕も賛成です。
英語は母国語が出来てからですね。中国語をアメリカ人と喋っていた時は廻りに変な目で見られました。最近中国語がもてはやされているのでみんなすごいという評価に変わりました。ゲンキンな人々です。中身も入れずに喋れればすごいというのは全くないですね。ただ心を通わすツールにはなります。語学の重要性はラポールを開く道具になることでしょう。
by ジーマ (2005-11-03 15:55) 

しょちょう

ジーマさん
はじめまして。おっしゃるとおりですね。母国語ができて初めて外国語が意味を持つと思います。僕が主張している「中身」を育成するには母国語が必要だし、母国語でそれをやるのが一番効果的だからです。その上で外国語が使えると非常に有効なツールになるでしょうね。ラポール形成も含めて、なにかと便利なツールだと思います。
by しょちょう (2005-11-04 13:30) 

NO NAME

言語は何語でも膨大な時間が必要。
英語圏生活者の英語使用時間は、非英語圏と比べて数万倍を超えるし、年齢と共に時間差は拡大する。
様々なノウハウを持つ英米の指導法は、日本より効率的で充実しており、日本の教育は和製英語である。

言語能力だけでは追いつけないので、日本人は言語以外の能力が必要である。
場合によっては言語を後回しにして、他の能力開発を優先する必要があるのに、現在の教育はこの点を理解していない。
by NO NAME (2014-05-13 18:31) 

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